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領域概要
ヒトの腸内には約40兆個の細菌が存在し、直接あるいは代謝物を介して宿主と相互作用しています。これまで、腸管内の糖鎖は、腸内細菌の単なる栄養素として、あるいは、宿主側のバリアとしての役割に目が向けられてきました。しかしながら、近年、腸管内の糖鎖は腸内細菌叢(腸内フローラ)・宿主細胞群との間で行われる相互作用や情報連携(対話:ダイアローグ)におけるコミュニケーション・ツール(=共通言語)として積極的に利用され、免疫調節や腸内恒常性の維持に深く関わっていることが理解されつつあります。一方で、解析が複雑・困難であることから、その分子機序の多くは未だ解明に至っていません。
本研究では、未開の腸内糖鎖特有の生物学的役割・機能に焦点を当て、世界に先駆けて新たな学術領域としての「腸内糖鎖生物学」の創成に挑みます。本研究では特に、「ヒトミルクオリゴ糖(HMOs)」、「腸管粘液層のムチン糖鎖」、および「腸内細菌表面の糖鎖」に着目し、腸内細菌および宿主細胞がこれら糖鎖を認識、利用、代謝することで、腸内環境形成や恒常性維持を行っていることを分子レベルで証明します。さらに、糖鎖を介した腸内細菌-宿主連関の破綻が招く、壊死性腸炎や炎症性腸疾患、悪性腫瘍の発症機序解明と予防・治療を目指した研究を展開し、腸内糖鎖の生物学的意義を明らかにしたいと考えています。

研究領域推進の計画
本領域では、ヒトミルクオリゴ糖
(HMOs)やムチン糖鎖に代表される「腸内糖鎖」が共通して有する構造が、腸内細菌-宿主間の対話ツール、すなわち「共通言語」としての機能を担うという「腸内糖鎖ダイアローグ」仮説を提唱します。さらに、これらの糖鎖構造が介在する相互作用が生物学的な腸内環境形成や腸管恒常性維持に及ぼす影響、またそれらの破綻によって引き起こされる疾患の分子メカニズムを明らかにできるよう努めます。
本研究領域では、言語としての腸内糖鎖が内包する意味を、文脈ごとに解読し、明示することを目的とします。各研究計画が有機的に連携しながら、①生合成と炎症予防、②腸管免疫恒常性維持、③病原性菌と宿主免疫、④微生物代謝物とがん、の各文脈における腸内糖鎖の持つ意味を明らかにするため、達成目標を以下のように設定します。

A01班
HMOsの生合成、有機合成基盤の確立と壊死性腸炎予防の分子機構の解明
- 藤田 盛久(岐阜大学 糖鎖生命コア研究所)
- 今村 彰宏(岐阜大学 応用生物科学部)
機能性腸内糖鎖として高い潜在性を有するHMOsの生合成経路の解明ならびにHMOs生 産系の構築を行います。さらに、合成化学を用いて、HMOs、ムチン糖鎖を大量に調 製し、腸内細菌叢変化・メタボローム変化の検討、壊死性腸炎等の炎症性疾患の予 防・治療効果の確認および分子機構の解析を行います。
A02班
腸内糖鎖による腸管恒常性維持と炎症性腸疾患のメカニズムの解明
- 奥村 龍(大阪大学 大学院医学系研究科)
腸内糖鎖が寄与する腸内細菌叢の維持および腸管恒常性維持の分子機構について明らかにします。天然型または標識HMOsのマウスへの経口投与、一部構造を欠失した腸管ムチン糖鎖を提示する糖転移酵素遺伝子欠損マウスを用いた糖鎖の消化管内動態、腸内細菌叢や腸管上皮細胞および免疫細胞の構成的・機能的変化のオミックス解析を行います。
A03班
病原性菌の腸内糖鎖を利用した宿主免疫回避分子メカニズムの解明
- 加藤 紀彦(京都大学 大学院生命科学研究科)
多くの病原性菌は自らの表層多糖をシアル酸修飾し、宿主の細胞表面構造を模倣することで免疫細胞による監視から逃れると考えられていますがその詳細は不明です。そこで、病原性菌が備える免疫回避システムを解明するとともに本相互作用へのHMOsの影響・効果について検討します。
A04班
腸内糖鎖資化性細菌由来低分子代謝物による腫瘍幹細胞の機能制御解明
- 服部 鮎奈(京都大学 医生物学研究所)
「糖鎖を介して腸内細菌叢から合成された細菌由来の分岐型アミノ酸が、直接的に他臓器、および腫瘍の幹細胞機能や分裂後の娘細胞の運命を制御している」という仮説を立て、検証を行います。具体的には、腸内細菌由来アミノ酸およびその代謝物による組織幹細胞の維持、組織の恒常性維持への要求性、および腫瘍の形成・維持に対する影響について解明を行います。
研究領域の波及効果
最近の研究により、細菌叢の多様性低下、有益細菌の減少などの腸内細菌叢変化(dysbiosis)が様々な疾患の発症、増悪に寄与していることが明らかになっています。dysbiosisを是正し、良好な腸内細菌叢を再構築することで、各疾患の発症を予防、緩和できる可能性が考えられます。本研究では、有益細菌の増殖促進、病原性細菌の増殖抑制、腸管恒常性維持、炎症性腸疾患の病態改善などに寄与する機能的糖鎖を複数同定し、腸内環境改善療法の開発を目指します。 さらに、腸は脳や肝臓、胆嚢、膵臓など、様々な臓器と連関しており、本領域で行われる「腸内ダイアローグ」研究は、腸と連関する臓器への影響を解析する「腸外ダイアローグ」研究へ発展する可能性を秘めています。また、本研究の発展的研究として、腸内にとどまらず、細菌が常在する口腔、気道、胃、膣などの粘膜組織における粘液中糖鎖の細菌・宿主ダイアローグの解読へと発展することが期待されます。